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育休中にかんがえる。 ~私にとっての不妊治療・高齢出産~

KLC(加藤レディスクリニック)、新宿溝口クリニック(栄養療法)、セキムラ鍼灸医院にて不妊治療を経て41歳にて出産(2014年7月23日)。いま感じること、考えること、あれこれ。

35歳の誕生日を迎えるあたりから…

35歳の誕生日を迎える寸前あたりから、なぜか眠れない夜(笑)を迎えることが多くなってしまった。当時、理由はよくわからなかった。

仕事はそれなりにうまくいっている。

夫婦仲?に大きな問題はない。

趣味(ヲタク活動)も楽しい。

でも…なんだかちょっと空しい、こんなはずじゃなかった、というふしぎな気持。客観的に見れば不幸と言えないはずなのだが、自分のなかに確実に今の状況に不満な自分がいて、でもどうしたらそれが解消されるのかわからずに、夜明けまで考えながら、庭に咲く白い花を凝視していた。

一番認めたくなかったのは、世間的には小学生の母でもおかしくない年齢の自分に「子どもがいないせい」、と考えることだった。

出産は年齢でなく女性の自由意志で行われるものだ…「産むかどうか」「いつ産むか」は私が自分自身で決められるはず。確かに生物学的年齢の限界ってあるけれど、でもまだ間に合うはず。そのころ友達の赤ちゃんを見て「カワイイ!」とはしゃぎながら、よく思っていた。「私もいつか欲しい」けど「今じゃない」「まだもう少し先に…」。

 世の中の常識(多少古い)からいえば、35歳が出産のひとつのタイムリミットだ。だから「いつか」っていつのつもりですか…。と過去の自分に突っ込みたくはなるが、これも安全性バイアスなのだろうか。さすがに40歳頃までには、とは思っていたが、それまで自分だけは大丈夫、と信じていたのだろうか。

働く女性でかつての私のように「出産の希望はあるが、なんとなく遅らせている」30代女性はけっして少なくはないと思う。ひとつ私たちなりの特殊な背景があるとすれば、夫が研究職志望だったので、就職が遅れて経済的不安があったことだ(結婚した当時、彼は博士課程に在籍し、その後30過ぎて就職し、さらにその後、転職した)。

やっぱり子ども欲しいな~、と切実になるときもあれば、このまま夫婦二人で暮らしていけば、さほどお金の心配もしなくていいからラクだな、と考えることもあった。矛盾だらけの精神生活だった。

けれど、ひとつ確かに言えることがある。私は「選べる」と思っていた。

子どものいる人生も、子どものいない人生も、私の気持ちや決断ひとつでまだまだ決められるものだと思っていた。「子どもを望んでも得られない人生」の可能性だってあるということ、知識としては知ってたけれど、自分にもあるんだ、というふうには思い至らなかった。自分を過信していた。自分は健康体なのだから、本気になれば「すぐつくれる」、と。

年齢のことをさておいても、今なら「子どもをつくれる」なんて、そもそも傲慢な物言い、発想だろうかと思う。

子どもはたとえ医療を介在したとしても「授かる」ものだ。

不妊治療にかかわっているひとは、当事者も周辺も誰も「子どもをつくる」なんて言わない。何年もたってから、そのことに気付いて、恥ずかしくて、情けなくて、穴があれば入りたくて、できればそこから永遠に出てきたくないという気持になったりもした。

「ああ、自分はこのままだと一歩も前に進めないな…」そう思って不妊治療専門クリニックを訪れたころ、36歳になっていた。